日常

LGBTについて考える、本当の僕。

僕は、小学生のころから、女の子っぽいと言われてきた。

料理や裁縫が比較的得意だったり、字も女の子っぽかったり。

実際に、女の子だけのグループとも遊んでいたし、男の子だけのグループとも遊んでいた。

 

自分に自覚はあっても、特に女の子になりたいわけでもなかった。

幼少期から、ただただ自分で在りたいだけだった。

 

友達と喧嘩したときは、「おかま」と言われていたのを覚えている。

その言葉は、自分とは全く違う言葉だった。

女性になりたいわけでも全くないし、服装も女性のものを着るのには強い抵抗を感じる。

 

僕はよく泣く。特に強くなりたいわけでもない。

男の子はこう在りなさいと言われてきた。そうあるべきだと思って、正解の自分になろうとした。

特にそれが原因でいじめられたわけではなかったけど、差別的な環境で生きてきたと思う。

誰かが定義した正解の自分を作ろうとした。

でもやっと気づいた。正解だと思っていた自分の在り方は、正解ではなかったこと。

本当の自分に近づくためには、自分の心の在り方に正直であるしかない。

 

自分のセクシュアリティは何なのか

バイセクシャルと答えるようにしている。

正直わからない。

 

LGBTQという言葉があって、気持ちが楽になった。「Questioning」のQは、セクシュアリティをまだ探している人に該当する。

完全なストレートとではない。完全なゲイでもない。自分が思うのはそれだけ。

男性に好意を持つことがある。でも、この感情が性的感情なのか、恋愛感情なのかよくわからない。

男性を好きになってはいけないと、長い間刷り込まれて、理性が邪魔をして本当の感情がわからなくなっているような感じ。

 

ただ自分がこの人と一緒にいたいと思う人と一緒にいたいだけで、正直それ以上のことはわからない。

その相手は、男性でも女性でもあり得ると思う。

 

公にしてちゃんと言語化しようと思ったわけ

自分のセクシュアリティが人とは少し違うことは、小さい時からなんとなく気づいたけど、信じたくなかったし、一生隠して生きようと思った。

 

完全なストレートとして生きていた方が、都合がいいから。

性的マイノリティであることを公表しても、メリットが感じられなかった。

女性と付き合うことに対して抵抗もないし、ドキドキもする。

わざわざ自分がバイセクシャルであることを言う必要なんてなかった。

 

でも、

 

嘘の自分を振舞うのは、もう疲れた。

正直に生きなければ、不幸な人生が待っているように感じた。

社会の圧力で自分が作られているように感じた。

特に男性のパートナーができたわけでもないけど、あえて今言語化しておきたいと思った。

 

性的マイノリティが不幸せになるなんて嘘だ

時代や国籍が違えば、命すらなかったかもしれない。

 

最近、本当に性的マイノリティの人々が世間に認められ始めて、生きやすい世の中に近づいていると思う。

ドイツにいてゲイの人に会ったり、スペインで男性同士が道でキスしていたり、インスタグラムではゲイカップルがとても幸せそうにしていたり。

 

自分ももっと正直であっていいと思った。

正直であっても、幸せに生きていけると。

 

マイノリティであっても、パートナーと幸せになれる。

事実からは逃げられない。

 

ニューヨークという地で、自分がどう変化するかわからないけど、自分らしく在り続けたい。

唯一、自分が悔いなく幸せで在り続けられる手段だと思うから。

 

自分をきっかけに、世界のだれかが一人でも、自分も自分らしく生きたいと思うようになってくれたら幸せです。

 

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